Song of the birds

ヨネダコウ先生の「囀る鳥は羽ばたかない」二次創作サイトです。同好の士以外の方は回れ右でお願いします…

真夜中の鳥 4 (影山)

時折、かなうことなら時間を巻き戻したい、と、強く願う。 矢代と二人だけの、あの奇妙な逢瀬が、あんな形で始まらなかったなら。 俺がケロイドフェチでなく、きちんとあいつの傷に向かい合えていたら。 ──もしかしたら、未来は変わっていたのかもしれない、…

真夜中の鳥 3(影山)

「これ、やる。……腕、見えてんぞ」 すっかり月曜朝の恒例行事となった腕の痣の確認と絆創膏の支給を済ませると、矢代は一瞬口をぽかんと開けて、それからわざとらしさ全開の軽薄な笑いを浮かべた。 「わーっ、ばんそーこーだーっ! しかも今日は3つも! うれ…

ヤシノオトシゴとメキノオトシゴ

1. プロローグ 2. 2度目の恋 3. 卵が眠る海 4. 詰める 5. 心音 6. エピローグ あとがき。 1. プロローグ あたたかなおひさまが降り注ぐ、ちいさな南の島の、ちいさな珊瑚礁に、手のひらより少し小さいくらいの、色白のタツノオトシゴが棲んでいまし…

真夜中の鳥 2(影山)

時折、俺が部活を終えて帰る時刻に、ひっそりと病院の裏口から帰る患者がいる。 いつも顔を隠すように俯いて、時折、小さな女の子の手をひいている。 その患者の帰ったあとの父の顔は、きまって曇りがちで、かならずひとつ大きな溜息をつく。 まるで、自分の…

真夜中の鳥 1 (影山)

その日はとにかく蒸し暑い日で、朝から親父はひどく怠そうだった。 「こういう風がなくて、蒸している日が一番危ないんだ。高温なのに湿度が高くて汗が乾かないから、体の芯に熱がこもる。こまめに水分をとるんだぞ!」 「分かってるよ……今日は球技大会だか…

真夜中の鳥 0 (影山)

誰もいない教室で、そいつは、ただ、ぼんやりと、窓の外を眺めていた。 開け放たれた窓の外で、雁の群れが、西の空に向かって羽ばたいていた。 中学は中高一貫の私立男子校に通っていた俺が、親父の闘病をきっかけに高校は公立校を受験すると言ったとき、親…

真夜中の鳥 (矢代) あとがき

※各ページのタイトルの下にある「真夜中の鳥」カテゴリーをクリックすると、シリーズ一覧が見られます。 以前、noteに、結局影山は矢代のことをどう思っているのか、を考察した記事を書きました。 https://note.com/preview/n8651b33c5b77?prev_access_key=f…

真夜中の鳥 8 (矢代)

八 久しぶりにクラスの全員が揃った3月15日、俺達は無事高校を卒業した。 少し肌寒い気候の中、卒業式が終わった構内は、参加した父兄やら集まったOBやらでごったがえしていた。 うちの学校は、卒業と同時に、OB会の強烈なお誘いがくる。卒業生全員が加入…

真夜中の鳥 7 (矢代)

七 いつのまにか、季節は、もう秋から冬に差し掛かっていた。 学校から駅に向かう途中の、アカシアの並木道を、二人で、つかず離れずの距離で歩く。 足元で、風に巻かれた落ち葉が、くるくると回っていた。 「お前、薬師丸ひろ子、好きなんだな」 セーラー服…

真夜中の鳥 6 (矢代)

六 「こないだの全国統一模試の結果を渡すぞ!」 「エエエ~~ッ!! いらねえっすよ! せっかくの連休が!!」 「連休だから渡すんだバカども。休みの間に、間違ったところはちゃんと復習しとけよ!」 また、暑くても我慢の夏がやってきた。 影山は、もう絆創膏…

真夜中の鳥 5 (矢代)

五 「──まあ、そういうことだから。……本当は、親御さんとちゃんと話したかったが……だが、お前は、本当は自分が何やってるかわかってるんだろう? ……お前は頭がいい。ちゃんと、自分のため、将来のため、何を選ぶべきか分かっているはずだ。……家庭の事情は、…

真夜中の鳥 4 (矢代)

四 「──俺、バイなんだ」 その日、いつものように影山に傷痕を触らせながら、なんでそれを口にしたのか、実はよく覚えていない。 本当に、完全に思いつきだったんだと思う。 なぜなら、頭では、それを切り出したらこの関係が終わる、とわかっていたからだ。 …

真夜中の鳥 3 (矢代)

お前は、大人にならないでいい。 ずっとそのままで、可愛い────のままで。 それが呪いの言葉だったと知るまでに、数年を要した。 俺はたぶん、記憶力は悪くない方だと思っている。 5歳くらいから小学校2年までの記憶はわりとはっきり残っていて、中でも小学…

真夜中の鳥 2 (矢代)

「矢代、やる。……見えてるぞ、腕」 俺がこっそり絆創膏男、と名付けた影山は、それから、頻繁にそういって俺に数枚の絆創膏を渡してくるようになった。 曜日は決まって月曜日。つまり、週末に、ヤクザ相手にやられまくった直後だ。 困ったことに、手を縛られ…

真夜中の鳥 1 (矢代)

一 出席番号は、いつも最後か、最後から2番目。 1番から名前を呼ばれて、クラスのほぼ全員が返事をし終わった頃には、苗字が「や」で始まる人間のことなんて、誰も気に留めていない。 だから、小さい頃は、「あ」行か「か」行で始まる名前に憧れた。 「あ…

真夜中の鳥 0 (矢代)

今日も、また一歩、足を踏み出して歩く。 今朝も、ここに、生きている。 人と人との間には、適正距離というものがあるらしい。 公衆距離。全くの他人との距離は3m以上。 社会距離。知人や先輩、上司なら1.5m。 個体距離。親しい友人や同僚なら、45cm~1mくら…