真夜中の鳥 3 (矢代)
お前は、大人にならないでいい。
ずっとそのままで、可愛い────のままで。
それが呪いの言葉だったと知るまでに、数年を要した。
俺はたぶん、記憶力は悪くない方だと思っている。
5歳くらいから小学校2年までの記憶はわりとはっきり残っていて、中でも小学校1年のときにアパートの1階に住んでいたじいさんの記憶は、今も鮮明に残っている。
父親の姿は物心ついた頃にはもうなく、そのじいさんが俺にとって初めて身近に知った大人の男だった。
見てくれは明らかにガイジンで、ロシア語と中国語は流暢に話すが、日本語はカタコト。そのじいさんが、日本語を勉強するために買った図鑑や絵本を、ある日アパートの階段下で一人で遊んでいた俺に見せてくれた。
じいさんは中国語ができるので、日本語の漢字はほぼ読めたが、発音が怪しかった。それで、俺がじいさんにその本の漢字を教わり、その見返りに音読して発音を教えてやる、という遊びを、それからほぼ毎日やるようになった。
じいさんの持っている本は、綺麗な星や星雲の写真が散りばめられた本や、一風変わった三びきの子ぶたの本(これは、狼が3つの家に住む3匹の子豚を一番効率よく捕まえるためにはどの順番で襲えばいいか、という考察でまるまる1冊が終わってしまう、要は高校で習う数学の順列組み合わせの内容を説明したものだった)、おかしな日本語の解説本とかで、学校からの宿題で読まされる物語モノよりずっと面白くて、俺は結構夢中になって読んだ。
いくつかの本は、じいさんに譲ってもらって、家で何度も読み返して大切にしていた。その本もいつのまにか、親に売られたか捨てられたか、家から消えていたけれど。
俺の数少ない子供時代のいい思い出のひとつだ。
ある日、黒服の外人がじいさんの家にやってきて、じいさんがロシアに帰ることになったと知った。俺は手紙を書くから、と住所を教えてもらおうとしたが、じいさんは悲しそうに首を横に振るばかりで、結局教えてくれなかった。
あのとき、じいさんが俺に耳を寄せて囁くように言った言葉だけが、なぜか思い出せない。
そして、学校帰りに一階の一番端の家に寄れなくなったことにようやく慣れてきた頃、あの男が家にやってきた。
小学校2年までの記憶はこんなにはっきりあるのに、小学校3年から中学の2年くらいまでの俺の記憶は、所々霞がかかったみたいにぼんやりしている。
たぶん、そのせいなんだろう。あいつが俺から距離を取り始めるまで、俺には性虐待されている自覚がなかった。
若い頃はもてはやされたらしいロシア人ハーフの容貌をした母親が、歳をとってだんだんと日本人の血が濃く現れてきたのと入れ違うように、俺の方には年を追うごとにそっちの特徴が濃く出初めて、まあ客観的に見ても可愛かったんだろう。
母親は、自分より息子の方が人目をひく容姿になったことが耐えられなかったのか、露骨に俺を避けるようになった。
うちの家計は母親の水商売の稼ぎだけで賄っていて、奴は完全なヒモだったから、夜母親が仕事に出ると、その隙に家にやってきて俺を犯すようになった。
可愛い、可愛い、と壊れたレコードみたいに繰り返しながら。
どれだけクソ親父でも、戸籍上は、義理の父親だ。
母親は家にいない。身近な大人はあいつだけで、夜の食事はほぼあいつが調達していた。親として、一応扶養義務は果たしていたわけだ。
当時の俺には、あいつに逆らう、という思考回路はなかった。
ただ、時折、その「可愛い」に、体が不可解な拒否反応を起こすのが厄介だった。
いきなりひどい頭痛がして、自分の体が腐臭を放っているように思えて、吐き気がこみ上げてくる。
そうなると、とてもセックスどころじゃない。堪えきれずに布団の上に吐いたときには、ふざけんなと殴られた。
──お前は女のコなんだからよ、これ以上育つんじゃねえよ。
唐突に声が掠れて、以前の高い声が出なくなった夜、あいつはそう吐き捨てて俺を滅茶苦茶に殴った。
殴られるのは別にいい。むしろ、可愛いだの好きだのと囁かれるよりもすっきりする。
でも、その日からあいつと俺の間の距離は少しずつ離れていった。それなのに、体の一部分だけがマイナス距離で繋がっている。少しずつ、その事実に違和感を感じるようになっていった。
決定的だったのは、多分髭が生えてきたことだったんだろう。
いつものように、後ろから突っ込まれて、奴の手が口を塞ぐために顔にかかったときに、あいつの手がびくりと震えたのを感じた。
体の筋肉のつき方も変わった。ようやくあいつも、自分の思い込みが痛い幻想だったってことを実感したんだろう。
正直、髭よりも、普通まず自分と同じモノが生えている股間の方に幻滅するだろ、と思うが、まあ、あいつは絶対にバックでしかやろうとしなかったから、見えないモノはどうでも良かったのかもしれない。
こっちのモノにも絶対触らなかったし、俺が辛くなっても自分で慰められないように、両手首は縛って頭の上に上げさせるのがお約束だった。おかげで俺は、完全に前の刺激に頼らずに後ろの穴だけでイける変態に育ってしまった。
そこまで仕込んでおきながら、男の体になった途端に、俺は「可愛く」なくなったらしい。
これ以上変わるなら、前についているものを切り落とす。
そう脅されて、初めて、あいつの「可愛い」がそういう呪いだったんだ、と理解した。
折しも、学校では第二次性徴期に合わせて、性教育が始まっていた。その一環で、大人から身を守るための知識、なんてものも否応なく詰め込まれた。
俺からしてみれば、そんなもの、今頃言われても、って事例のオンパレードだ。知ったからといって過去が変わるわけじゃないし、すっかり後ろの快感を覚えてしまった体が元に戻るわけでもない。
そもそも、望んで得た体験じゃないが、その行為自体は今となってはそれほど嫌というわけでもない。どんな手段であれ、自分も適当な妄想に浸ってイければ、気持ちいいことに変わりはない。正直、最初の2年くらいは誰かに助けて欲しい、と思っていたが、この頃にはもはやそんな気は失せていた。
助けは来ない。
そのことに暗い愉悦を覚えて、むしろ体に火がついた。
結局、あの授業で学んだものは、自分がどうやら虐待されていたらしいこと、自分がこれまでしてきたことは、世間一般にはやってはいけないこと、後ろめたいこと、であって、おおっぴらに語れば間違いなくドン引きされるか、教師に目をつけられて面倒なことになる、ということだけだった。
俺の高校入学に合わせて全く姿を見せなくなった母親は、1ヶ月に1度ほど、なんとか節約すれば家賃を払って高校に通えるだけの金を置いていった。俺が家にいない間に。
でも、自分で金をやりくりしたことがなかった俺は、最初の1ヶ月で早々につまづいてしまって。
公立校とはいえ、入学時は本当に金がかかる。制服、体操着、上履き、教科書、学校指定の参考書、その他諸々。
参考書まで買えば、明日にでも食うに困る、と分かっていたが、どうしてもそこは譲れなくて、プリントに書かれていた本を全部買って、財布は空になった。
初めて犯された日に感じた、真っ暗な穴から自分の中身が漏れ落ちていくような空虚な感じは、あの日からずっと続いていて、漠然と、いつか自分は、全て流れ出てしまって無くなるのだろう、と感じていたように思う。
あの男が姿を消して、その流砂を止める者がいなくなった。
その心許なさに、まったく堪えていなかった、といったら、多分嘘になるのだろう。
だから、あのとき、自分にも援交ができるかも、なんて思ったのかもしれない。
歌舞伎町二丁目に行って夜の路上に立っていれば、勝手に声がかかる、と噂で聞いて、実際に立ってみたら5分で最初の男が釣れた。
「仕込んだのは義理の親父だけど、それ以外に売るのは初めて」
そういって誘ってやったら、5万円くれた。
相手には必ず、手を縛ってくれ、と頼んだ。
手を縛られて頭上や背中に縫い付けられると、自分では慰められない。それが、たまらなく被虐感を唆る。こちらの面倒なんか見ないで、勝手に突っ込んで、勝手に出すだけ。その放置感に、ゾクゾクした。
可愛い、とかほざかないのがいい。変態、クズ、と罵られると、胸の奥にひんやりとした風が通るようで、心地よかった。
より過激なセックスを求めて、選ぶ対象はどんどん危ない方向へとエスカレートした。
最初は金のために始めたことだったが、高2に上がる頃には、すっかり犯されるのも目的になっていた。
そんなこんなで、俺の性生活は乱れ切っていたが、学校生活には現実味がないほどに影響はなかった。
普通に朝起きて、学校に行って、授業を受けて、誰もいない家に帰る。
誰にも言わなければ、誰も気づかない。
話題には頻繁に上がる。とくに女子。知らない男についていくな、援交するな、と、教師は結構頻繁にホームルームで注意していた。
ソレ、散々ヤりまくってる人間が、ここにいるんだけどな。
俺がやってるくらいだから、クラスの女子にも、もしかしたら数人いるかも。でも、大人たちは気づかない。
世の中は、自分達に無関心だ。
その無関心に驚きつつも、どこかでほっとしてもいた。
せっかく、それなりに「上手く」やれているのだから。
もう、誰にも、この生活を乱してほしくない。
ただ、学校生活で唯一困ったのが、距離感の問題だった。
どうやら俺は、適正距離がおかしいらしい、と、中学に入学したとき気づいた。
これまでタメ語で話していた近所の年上の遊び仲間が、急に先輩だの後輩だのと階級化され、上の学年が通るときには立ち止まって先輩が通り過ぎるまで頭を下げ続ける。会釈なんて可愛い語感とは縁遠い、生活の中にいきなりブチ込まれた社会距離に、誰もが最初は戸惑う。
それでも、数ヶ月もすれば、その距離を学んで身につけていくのが、あの年齢の子供、なんだろう。
けれど俺は、いつまでたってもその距離がわからなかった。なにしろ、家では、距離マイナスにまで食い込んだ極端な密接距離か、公衆距離しかなかったからだ。
近づきすぎては先輩に生意気だとボコられた。クラスメイトは、俺が近づくと、反射的に身を引いて少し距離をおいた。
反射的に身を引いて、その自分の行動にはっとしたような、ちょっと気まずげな、申し訳なさそうなクラスメイトの顔を見るたび、心臓に氷のかけらが滑り込んだように感じた。
また、近すぎた。
わかっているのに、どうしてもうまく距離が計れない。
そのうち、自分の体から腐臭を感じるようになった。
臭いゴミは、一刻も早く部屋の外に放り出すに限る。
授業中は我慢してもらうしかないにしても、休み時間や放課後まで迷惑をかけることもない。
だから、早晩、一人で行動するようになった。
おそらく、自分が気にするほど、周りは俺のことなんか気にはしていなかったのだろう。給食の時間に声をかけてきて一緒にメシを食ってくれた奴もいるし、授業でペアを組まされたからといって顔をしかめられたこともない。
それでも、自分にまとわりつく腐臭が嫌で、気がつけば、俺の学校生活の中の距離は、公衆距離しかなくなっていった。
高校は同じクラスに同中の奴がいなかったこともあり、帰宅部の俺は中学よりもさらに薄い人間関係の中、学校生活をスタートすることになった。
影山の方は、この一年あまりの間、俺のことをどう見ていたのか、正直よくわからない。とにかく無口で、感情がよくわからない男だったし。
ただ、時々、視線を感じた。無愛想でいつも眉間にシワを寄せているような奴だったが、その皺の彫りが少しだけ深くなった目で、時折こっちをじっと見つめている。
振り返ると、そこにはもうその眼差しはない。
俺はこの薄い髪色のおかげで人にジロジロ見られるのは慣れていたから、別に見られるのは気にしなかった。
でも、そんな目で俺を見る奴は他にいなかったから──
その深刻な空気が、ずっと気になっていた。
影山との奇妙な遊びが始まって、影山の保健委員当番が終わり、二学期になり、視聴覚室でひっそりと会うようになってからも、影山はずっと無口だった。
クラスでも、とくに話さない。
ただ、二人だけで会って、触る。触らせる。それだけの関係だ。
こいつもたぶん、距離感がおかしいんだろう。
ふと、そんなことを思った。
肩を組むとか、小突き会うとか、現実の世界の中で、別に親密な関係でなくとも距離がゼロになることは、実はわりと頻繁にある。
そういうのを、相手にへんな解釈をさせないようにサラリとやれる人間が、たぶん人付き合いをうまくやっていける人間なんだろう。
それを考えたら、影山のコレは確実に大失敗だ。どう贔屓目に見ても、エロい意味にしか受け取れない。
ただ、俺がそう受け取らなければ、関係は成立するし、継続もできる。その条件つきのイレギュラーな感じが、俺は気に入っていた。
ケロイドが好きなんて、まあ、変態に片足の指くらいは突っ込んでいる。
その安心感のせいなのか。
こいつに触られているときだけは、こんなに近くにいても、自分の体から匂いがしなかった。
影山の趣味を、性的な意味に受け取らないこと。
それが、この関係が続くための絶対必要条件だと、そう、わかっていたのに。
どうして、あのとき、あんなことを言ってしまったのだろう。